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  • パクス・オリガルカ

    こんにちは。私がラビ秋葉です。かの有名な律法学者をもじって称していますが、説法をする目的でブログを開設したわけでもなければ神の声を託されているわけでも一切ございません。コンピュータと技術を軸に社会について連ねて書きます。

    このところ国際情勢が不穏なようだ。2019年の末にコロナ禍が始まった頃から社会の力学に変化があったように思う。

    22年にはロシアによる特別軍事作戦が開始され、イスラエル、米国、イラン、と中々に安定しない世相だがこれは後世の学者によって明らかにされることとなるが、ある種の”閉塞感”を抱えた我々の社会に、疫病という後押しがあって一気に弾けたとみれるように思う。

    こういう話は地政学の文脈で分析され尽くしているので、私がここで見るのはこれからの社会のデザインについてである。

    東西冷戦後、西側自由民主主義は”歴史の終わり”としてそれが永久に世界に固定されるかのような幻想を見せていたわけだが、コロナ禍においては権力を集中させて対処する必要があったし、巨大テック企業は情報を集中させることで効率性に優れたシステムを構築した。共通しているのは20年代以降の話であるということ。民主主義は複数主体間での意思決定を図る最善の手法であったかもしれない。ただし、インターネットの登場以前では。

    独裁や専制に対抗する「民主主義」という思想は近代になって体系化されてきた。その民主主義が最も発露されるのが選挙である。選挙は一人一票を平等に持ち、その票の過多によってのみ決定する。どこででも実施できて、どこででもベターな手法が選挙だ。

    だが、こと20年代以降は様子が変わってきた。SNSという巨大な広場では誰もが発言できるし、その開放性の中ではよそよそしく用紙に名前を記入するという従来の民主主義には影響を与えすぎる時代へ移り変わった。

    デジタルでの活動に選挙制度があまりにも追いついていないのは、西側民主主義国家を見れば明らかだ。投票動向はいまやPythonのスクリプトで操作することができる。

    26年の1月は上記の社会の真っ只中であるわけだが、これも長くは続かないだろう。これからの社会で、テクノロジーによる経済格差が拡大し社会保障への財政負担が増加する中で、オシロスコープのような政局を続ければ人間さえも滅びかねない。

    ではこれからの社会は。正直に書くと、多極化された世界でオリガルヒが民意を統治する社会になるだろうと考えている。

    投票用紙は民意を回収する手段でしかなく、AIに導かれたデジタルインフラが、人々が意識もせずに集める本物の民意が真に世界を平和と安定に導くと未来を予想している。